みんなどこかで「荒れる成人式」を期待している…ヤンキーを見る目線が「こわい」から「愛すべき存在」に変わったワケ
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みんなの反応
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学校内でのやんちゃと呼ばれる行為でも迷惑だと思ってたクラスメイト達もいるし、社会生活で迷惑だなーと感じてきた住人もいる。
いかつい姿は相手に恐怖を与える。
暴君、他からの脅威に立ち向かうための
威勢の良さでもない。
私個人としては姿、振る舞いが大人しくても
社内のルール、法律を守る人たちの方が
尊いです。
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迷惑行為~軽犯罪でしかないものを無責任に持ち上げるべきではない。
自分とは関係ないから「文化」等と言っているが成人式の同じ会場にいたらどうか。新成人やその父兄であったならどう感じるか。
ライターは想像力が足りなすぎるが、その「周囲に配慮でいない、相手を慮ることのできない幼稚さ」こそがヤンキーのメンタルなのかもしれない。
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視聴者は自分より劣っている人間を見たがっていると思う。劣っている人間を見ると自分の価値を再認識できて自己肯定感が高まるため、気分が良いのではないだろうか。
そのため、荒れる成人式のニュースは視聴率が上がるためマスコミもますます報道する、という循環式が成立している。
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こうやって物書き(作家・作詞家・漫画家・脚本家等)の人たちが昭和の頃からアウトローを美化、あるいは甘やかし続けてきた結果が「トクリュウ問題」や「いじめ問題の深刻化」。反社やヤンキーの人たちから犯罪行為を受けてきた被害者の気持ちを何も考えていない。真面目に生き続けてきた人を尊重せず、アウトローが更生することを過剰に賛美する社会は危ういのではないかと思う。
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彼らは昔、中学高校で力の強さで教室を支配していました。
しかし社会に出たら、見下していたはずのヒョロガリの大卒にこき使われる現実がありました。
ヒョロガリの大卒達が利益を搾取して、残りカスだけが分配される現実。
しかも反抗なんてできません。下請けや下流工程がエリートに逆らうものなら仕事が無くなります。
そう、強者と思ってた自分らが、いつの間にか最下層の弱者になっていたのです。
だから成人式で、クラスメイトが集まるのは、自分たちが強者だったこと、そして恐れられるべき存在である事を誇示するラストチャンスなのです。
と、高学歴エリートの私の予想です。
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矢沢永吉がいたキャロルのスタイルはリーゼントに革ジャンだった。
リーゼント革ジャンは元々下積み時代のビートルズのスタイルだった。
矢沢がこれを真似したと自分自身で語っている。
1973年当時から不良と呼ばれる若い男がキャロルの真似をしてリーゼントと革ジャンスタイルをするようになった。
その頃の暴走族もリーゼントと革ジャンスタイルだった。
暴走族はその後革ジャンから特攻服に変遷していく。
1980年代になると暴走族とソロになった矢沢ファンとそこら辺のチンピラをごちゃ混ぜにして「ヤンキー」と言うようになった。
その後は「ヤンキー」自体がダサい、カッコ悪い、と言う評価に変わってきて
令和の現在では「ヤンキー」と呼ばれる若者はほんの少数派であり地方の田舎町にいる程度である。
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成人式会場の周辺にいましたが、男性で煌びやかな揃いの羽織袴姿の方々10人くらいが幟を持ち、警察官に囲まれて警戒対象になっていました。一升瓶を持って何が楽しいんでしょう。特に暴れたり治安の悪い行動はしなかったですが、酒瓶をあえて持ったりするのは怖いです。
会場付近の駐車場に護送する内側に金網が張られたバスが2台停められていました。何かあったら詰め込むんでしょう。待ち合わせで人が滞留しないように警備や誘導も万全の対策でした。警察が対策して無事に終わって良かったです。
話は戻って、バカ殿みたいな人達は何故かお揃いなんですよね。結局は1人じゃ個性的な服装でいられないんです。他にも敢えてカラージャージの方も派手なカラーチェックスーツの方もいましたが1人でいるので平和です。
ほんと結局1人でキラキラ紋付袴で酒瓶持ったりできないんだったらださいよな、と思った。
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私の祖父は「ヤンキーがいいことをしたくらいで偉いと褒めるものではない。最初から真人間な奴が一番偉いんだよ」といつもヤンキーを褒める大人達に説教していました。
祖父は人前では優しいおじいさんでしたがが太平洋戦争中旧陸軍の伍長であった時の経験から真人間として生きていきたいがもう真人間には戻れないと苦悩しており、自身を反面教師として他の人には真人間として生きてほしいと願っていました。
祖父はヤンキーを片っ端から殴って説教したいと心のなかでは思っていましたがやって捕まるわけにはいかないので生涯やることはありませんでした。



